17年前の話
事務局だより(2012年1月20日)
大人の事情で・・・更新が少し遅れてしまい申し訳ございませんでした。
今週の火曜日、1月17日は1995年に発生した阪神・淡路大震災から17回目の祈念日でした、
当時、私は兵庫県の内陸部に住んでおり、大きな被害があった神戸や淡路島ほどではありませんでしたが、自宅は大きな揺れに見舞われました。
鉄道を売りの1つににする「さいたま市けんてー」のブログなので、そのあたりことを書かせていただきますと、地震後、神戸と大阪を結ぶ鉄道や道路は軒並み通行止めになり、被害の殆ど無かった大阪へ、生活物資の買いだしや一時避難などで、多くの人が迂回して、行き来することとなりました。
私が高校への通学に使っていたJRの路線も迂回路の一つとなり、普段は1両か2両のディーゼルカーが1時間から2時間おきに走るローカル線が、交通網が回復するまでの約2ヶ月間、8両編成でひっきりなしに往復し、大型のリュックを背負い、瓦礫の粉塵を防ぐマスクをされた多くの被災者ですし詰めになった列車の姿が、今も昨日のように思い出されます。
昨年発生した、東日本大震災でも多くの交通網が寸断され、なお回復の見込みも立たない区間も多くあります。地域の足を守る鉄道の1日も早い回復を願うとともに、阪神・淡路大震災、東日本大震災、そしてあらゆる自然災害により亡くなられた全ての方々のご冥福をお祈り申し上げます。